設計士の倉橋英太郎先生が急逝されました。
倉橋先生はテレビ朝日の「大改造!!劇的ビフォーアフター」の匠として有名ですが、それは後年になってからのことで、当初より街づくりや旅館の建築再生に情熱を注ぎ、全国を所狭しと大忙しの日々を送っておられました。
城崎温泉とのご縁もたいへんに深く、数多くの旅館を手がけられた他、新しい柳湯の建築、こども園の建設、旅館案内処の改装、そして街づくり、ライトアップの提案等々、挙げれば数知れず、そして想い出も尽きません。
当館としては平成4年の全旅連青年部全国大会(道後温泉)でお会いしたのが最初で、平成9年の大改造以来 面倒を見ていただいていました。今年正月3日の城崎温泉の大火では状況をたいへんに心配していただき、まさに火事の最中に心配お見舞いのお電話をいただきました。そしてご多忙の中、遠路城崎温泉にお越しになり、当館は直接的な影響が無かったにも関わらず丁寧なお見舞いをいただいたことがつい最近のことでありました。
とにかく全国を飛び回るお忙しい身でした(と思います)。当館にも何度もお越しいただき、時には宿泊もされましたが、いつものことながら来館時間が曖昧で夜中のチェックインということも多々ありました。「先約の施主との打ち合わせが長引いちゃって…」ということでしたが、我が身振り返らず、本当に施主のことばかりを思っておられたのではないかと思います。当館でお食事される際には、全国各地で美味しいモノばかり食べておられるだろうから…と、かえって若女将が手作りで野菜中心の家庭料理をお出ししたことも今では懐かしい想い出となってしまいました。
先生は古い建物を壊して新しいモノを建築するのではなく、可能な限り古いモノを生かして再生させることを優先され、その建物の特性や土地の風土や慣習を重んじられたことから、全国多数の旅館を手がけられながらもそのひとつひとつの個性が際立った魅力ある旅館づくりが特徴的でした。完全なる施主の味方でしたので限られた予算の中で最大限の努力をして下さり、時には工務店との直接交渉も辞さず、工務店泣かせではあったのでしょうが施主にとってはこんなに心強いお方はありませんでした。
本当に突然の訃報で、なかなか心の整理も出来ない状況ですが、今はただ、心からの感謝を申し上げると共にご冥福をお祈りするばかりであります。
最後になりましたが、平成11年に発行された機関誌に先生の当館工事での回顧が載っていますので、それを紹介して追悼とさせていただきたいと思います。(ただし、誌面では当館のことはひどくボロボロのように紹介されていますので、本当はそこまでではなかっただろう…と内心は思っております。笑)
「倉橋先生、本当に有り難うございました。どうぞ安らかにお休み下さい。」
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(前略)
私は蘇生という言葉をよく用いています。私のこじつけですが、リノベーションという意味と共に、ただ建物を新しくするだけではなく、旅館や村地域を掘り起こす意味を持たせています。
(中略)
山陰の奥座敷城崎温泉、信州山奥の白骨温泉、北アルプスの麓浅間温泉、それぞれに地域の特色があり、独自の良さがあります。文化があり長い歴史があります。皆さんは今までに違うことの良さや古くあるものの良さを理解していなかったのではないでしょうか。古いものは汚いというイメージを植え付けられて、新しいものは良いことだと経済優先のスクラップアンドビルドを繰り返していなかったでしょうか。壊さないで残しながら蘇生していくリニューアルをご紹介いたします。
(中略)
【城崎温泉 ときわ別館】
木造2階建てでWCは小さく、ユニットバスもないギシギシ音のする建物です。壊してみるとほとんど腐っています。このような状態ですと今までの工務店や業者ですと「いや~、社長これなら壊した方が早いですよ。シロアリもいますしねぇ。」というのが恥ずかしながら業界の実態でした。しかし、これからは違います。今の技術、材料を利用すれば低予算で短い工期の工事が可能です。遮音シートを用いて、使える設備は有効利用し、排水配管をやり直し、可能な限りけちけちモードで工事をしました。やりにくい仕事ですので、大工さんはブーブー文句を言いましたが、頑張ってやってもらいました。ふすまは全て新しく、露天風呂も作りました。ユニットバスを入れるために階段の位置を変えました。客室等についてもどうしてもダメな部分だけを直しました。よって昔の思い出を残しながらの十分な成果のあるリニューアルをいたしました。
(中略)
ちょっとまとめをしたいと思います。いままで少ないお金で建物を新しくする事例を皆さんに紹介してきましたが、要するにこれらはお客様に満足していただくためにやっていることです。今のお客様は過剰なサービス、過剰な施設は望んでおりません。それよりも音=すなわち遮音ですとか、におい=変なにおいがしないか、光=朝日が変な場所から入ってこないか、情報=風土とか地域性に満足しているのか、鮮度=メンテナンスが行き届いているのか、風呂場に蜘蛛の巣があるのではないか、とかそういう基本的な所を求めているのではないでしょうか。わたしが一番言いたいことは、少ないお金でリニューアルすることもよろしいのですが、やはり第一は、皆さんそれぞれがサービスの心を作っていく事だと感じます。リニューアルすればお客が増えるという訳ではありません。基本的なサービス、その店が核となり、地域全体が温泉街が日本の文化を感じさせる、日本文化の特化をしながらそれぞれがますます栄えるようにしていかなければなりません。私どもがリニューアルするにあたっては、やはりオーナーの意向を大事にします。その宿イコール主人。そうしていかないと個性あふれる宿はできません。