タイミングがかなり遅くなってしまいましたが、4月に地元豊岡市に開学した但馬地方にできた初の公立4年生大学の芸術文化観光専門職大学の見学に行って参りました。
学長の平田オリザさん直々に案内していただきましたが、建設過程は注視していましたし、完成した外観は何度も見ていましたが、中に入って見た学内には感激もひとしおでした。細部にわたって工夫が凝らされ、心が隅々にまで行き渡っていることが分かり、心の底から感動しました。
学生さんの話も聞くことができました。
東京出身の彼の入学動機は「豊岡に永住したいから」というものでした。
演劇によって豊岡を知り、小さな世界都市豊岡に憧れ、住みたいと思い、住むためにどうするかを考え、そのきっかけづくりの為にこの大学を選んだとのことです。見ず知らずの遠方の若者が豊岡をもっとよくしたいと思って引っ越して来てくれたのです。
とても感激しました。
(今、豊岡は何をやっているのか)涙が出ました。
さて、私も三十数年前は大学生でしたが、周辺には大学はおろか予備校もまともな塾もありませんでしたので、高校卒業の19才の歳にほとんどは豊岡を出てひとり住まいをしなければならない宿命でした。私は大学4年間と修行の2年間の計6年で城崎に帰って来ましたが、そういうケースは希で、ここが人口減少の大きな原因と言われています。
ということで、ここで「どこにでもある普通の田舎ではダメ」「小さくてもキラリと光る小さな世界都市で無きゃダメ」という理屈が成り立つと思うのですが、市長選挙の結果がなんでああなってしまったのか。
けれども、見学の帰路はとても清々しい気分でした。
なぜならば、豊岡市の未来がやっぱり感じられたから。
未来が感じられるというのは、今の自分さえ良ければいいということでは無く、自分らの子や孫にも託せるモノがあると言うこと。
つまりは次に繋いで行くために、まちづくりや商売を今もこれからも一生懸命に頑張ることができると言うこと。
なんかねぇ、(こんな時だからこそ)とっても勇気をいただきました。有り難う!!